フィールズ賞数学者を支えた言葉(『Nolanの言葉の贈り物』第3話)


『You need strong teeth to bite in.』


出典は広中平祐著「学問の発見」(佼成出版社)からである。おそらく、僕が社会人になりたての頃に読んだ本だ。

彼は日本で2番目にフィールズ賞をとった数学者である。ノーベル賞に数学賞がない中で、数学者にとってはノーベル賞に匹敵する名誉であるという。彼は大学院をハーバードで、そして研究者として多くの歳月をアメリカで過ごしていた。

表題のセリフは、いよいよ彼が人生をかけた仕事をしている最中に現れる。師であるザリスキー教授からの励ましとして。誰も解けなかった難問を解けるかも知れない― 彼の心の中では大きな期待と不安が交錯していた。

彼の著書から抜粋しよう。ここで“彼“とはザリスキー教授である。



だがその時彼は、私を引き止めて、
「今、何をやっているのか」
と聞いた。
「特異点解消の問題を再考しています」
私が答えると、彼はちょっと考えて、
「You need strong teeth to bite in.
(おまえは歯を丈夫 にしておかなければならない)」
こう彼はいって、私の肩を叩いたのだ。

歯を丈夫にしておけというのは、ザリスキー教授一流のユーモ
アであった。つまり彼は、歯を食いしばらないと解けない問題
だからよほど歯を丈夫にしておかなければならない、こう忠告
してくれたのだ。(以下略)

専 門外の僕には、彼の研究内容の学術的な詳細はその殆どが”ちんぷんかんぷん“だった。フィールズ賞受賞のもととなった彼の論文を改めて調べて、「標数0の 体上の代数多様体の特異点の解消および解析多様体の特異点の解消」と出てきたときには、思わず卒倒しそうになった。一つ一つの単語は分かるのだが!

しかし、受賞に繋がるまでの彼の研究者としての回想、その心構えは専門外の僕にも十分楽しめるものであった。いや、それどころか、無意識にその後のエンジニア、そして社会人としての僕の骨格をつくって来たとも思う。

You need strong teeth to bite in.

思えば、僕はこの言葉には幾度となく助けられてきた。そしておそらく、これからも。気がつくと、子供たちもいつの間にか大きくなった。もう遠い先でもないのだろう、彼らに伝えたい言葉として残したい ― 仮に僕らがこれほどの大仕事ができないにしても。






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